ナナン

ナナの声をきく者 ナナの目でみる者とは?新しい神話が紡がれる――    〜2006/10/5〜11/23*全50話〜

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赤土の町

 その山は町のどこからも見えた。
 雪男の頭のような、ワイングラスの足をとってさかさにしたような、唐突に大地から突き出たでっぱりだった。
 高さはそう高くもなくすそまわりも大きくはないが斜面が急なので人が気軽に登るには向かない。
 でも、町のどこにいても目に入るし、写真をとればその山ぬきには撮れないような小さな町でもあった。

 わたしがその町を初めに車で通ったのは6月。ネイティブ・アメリカンの文化研究で日本の大学から現地調査に来た、その通り道だった。
 赤土の多い埃っぽい殺風景なところ。
 初めの印象はその程度だった。
 通り沿いに雑貨屋だのパブだの何件か店はあって、はずれにはガソリンスタンドもあったのでなにかの時は使えるかなとちょっと思ったくらい。
 けれども先を急いでいたので車を止めることはなく、埃を巻き上げながらその時はそこは通り過ぎる風景の一部にすぎなかった。
 
 次に通ったのは10月だった。
 取材したかったネイティブの古老が思ったよりさらに遠くにいて、ガソリンが心細くなってきたわたしと相棒の織田勇弘(おだ いさく)は帰り道、初めてその小さな町のガソリンスタンドに寄ることにした。
 イサクがオイルを入れている間、わたしは車から降りて町並みを眺めた。
 見慣れぬ東洋人を人々は見るともなく注目していた。
「ナナ、オッケイ。入ったよ。」
「うん。ちょっと休んでく?」
 わたしたちは町に一軒しかないパブに入った。
 まだ午後のせいかガラガラの店内で中年の赤毛のふくよかな女性と背の低い黒髪の男性が夜のために準備しているのか働いていた。
 カウンターに行き、中の女性にイサクはコーラを注文し、私にきいた。
「ナナ!何にする?」
 ぎょっとしてふたりが同時に振り返った。
 驚きとも困惑ともつかぬ不思議な表情に私たちは一瞬とまどった。
「?わたしも・・コーラ・・。」
 ふたりとも我にかえったようにうなずくと、コーラの栓を2本抜いてわたしたちによこした。
「・・。なんだろうね。今の反応。」
「うん。ナナに呼びかけたら驚いてたな・・・。」
 イサクはひとなつこい性格を発揮して黒髪の男性に話しかけた。
『私達はネイティブ・アメリカンの文化研究をしている日本の大学の研究員なんですが、あなたはネイティブの血を引いていますか?』
 はにかむように笑うと男性はうなずいた。
『4分の1入ってるよ。ネイティブ・アメリカンのなにが面白いんだ?』
『偉大な智慧と気高さ。謙虚さに強さに美しさ。いろいろある。』
 さらに笑うと彼は手を出した。
『ゴジィ。ゴジィ・マルケス。』
『イサク・オダ。よろしく。こっちは同じ研究をしているナナ・モリシマ。』
『ナナ?』
 意味ありげにしかしどこかうれしそうにゴジィはまた笑った。
 赤毛の女性も手を伸ばしてきた。
『マーシ・マクウェル。』
『ヨロシク。』
 マーシは歓迎の笑顔をみせてうなずいた。
『ゆっくりしてって。これはサービス。』
 そういってマーシは焼き立てのホット・ドックを出してくれた。
 わたしはこれも縁と思い話しかけた。
『ありがとう。わたしたちこの先のネイティブ・アメリカンの居留地に時々調査に来るんだけど、この町に寄ったのは初めて。ネイティブの伝承やこのあたりに伝わる古い知識を知っているひとがいたらぜひ紹介してください。』
『調べてどうするの?』
『まずは論文にしますが、ゆくゆくは世界の共通財産として出版したいと思ってます。世界は古い智慧を忘れて必要としていますから。』
 マーシとゴジィはうなずいた。
 マーシがゴジィに目をやるとゴジィも目配せした。
『これは、なにか不思議なご縁を感じるのでこの町のとっておきの人物をご紹介したいんですけど。よかったら会っていきませんか?』
 今度はわたしたちが顔を見合わす番だった。
『ぜひ、よろしくお願いします。』
 マーシは電話に向かうとどこかへかけて親しげに会話してもどってきた。
『この町で一番たよりにされている古い家の当主があと1時間ほどもしたらここへ来るってことです。』
『ここは宿はありますか?』
『一軒だけ。雑貨屋の2階の部屋を貸してるわ。』
『オッケイ。ありがとう。』
 午後も3時をまわっていた。
 客がいくにんか入ってきた。
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スナイ

 夕方。仕事が終わった町のひとびとが三々五々パブに集まってきていた。
 わたしはマーシに紹介されたのは年輪を重ねた古老だと勝手に思い込んでいたので、スナイが入ってきたときは気にもとめなかった。
 彼は赤いチェックのシャツを着てGパンをはき、メガネをかけた細面のごくありふれた高校生だったからだ。
 髪は赤みがかった茶色できゃしゃで、白い肌にそばかすが浮いていた。
 彼はざっと店内を見渡して、まっすぐわたしの方へやってきた。
 はにかんだ、ひかえめなブルーグレーの瞳。
 しかし小さいけれど落ち着いた声できいた。
『ナナ?』
 わたしはしばしその意味がつかめずスナイの顔をみつめ、それからやっと返事した。
『あなた?』
『はい。僕です。マーシから電話をもらいました。スナイ・ルカックです。ヨロシク。』
 といって細い腕を差し出す。
『ナナ・モリシマ。ヨロシク。』
 まるで女の子のようなきれいな手だと思いながら、その手をにぎりかえした。
 わたしはイサクと目を合わせながらやはりどこか違和感をぬぐえずつぶやいてしまった。
『若いのねエ。』
 スナイは軽くニコッとしてほんのり頬を染め、
『僕の父も若い頃継ぎました。』
 と答えた。その感じがとても素直でわたしは好感をもった。
 イサクがいった。
『ナナの仕事のパートナーのイサクだ。イサク・オダ。よろしく。』
 スナイは軽くうなずいた。
 マーシがサンドイッチとコーヒーを運んできた。スナイに笑いかけるとスナイも微笑んだ。
『さっそくだけど、あなたの家っていうのはどういうお家なの?』
『ネイティブ・アメリカンの流れをくむのかハッキリしませんが古い部族の末裔で、ネイティブのような古い智慧やシャーマン的な役割が伝わっています。』
『ネイティブ・アメリカンとは別の流れがあるかもしれないって?フーン・・。この町ではどういう役割を負っているの?』
『町や人々の行方をみるのが大きな役割です。』
『行方?』
 わたしたちはまた顔を見合わす。
「占いみたいなことかしら?」
『あなたはそれがすでに出来るってこと?』
『幼いときからやってました。僕の父もそうでした。』
 そしてちょっと言葉を切ってわたしの方を見ながらつけ足した。
『その、僕のような人間は”ナナの声をきく者“とか”ナナの目でみる者“という意味のナナンと呼ばれています。』
『”ナナ”?』
 わたしとイサクは同時に声をあげた。
『その”ナナ”っていうのは?』
『山にあらわれたソウル(たましい)のことです。山があるでしょう?あの山のてっぺんに”ナナ”を祀ってます。もうずいぶん古くからです。』
 わたしはそれをきいてマーシやゴジィがはじめてわたしの名をきいた時のミョウなカオを思い出した。
『僕・・。』
『何?』
『実はあなたが来ることは去年の冬からわかっていました。』
『どういうこと?』
『何度も夢に出てきました。』
『会ったこともないこの顔が?』
『会うことになることはわかっていました。』
『・・・。』
『それと・・。』
『何?』
『・・・。あなたがこれからすることも時々みます。』
『何をするの?』
『それは言えません。ナナンのおきてだから。』
『どういう意味?』
『ナナンは未来がみえても、”ナナ”の許しがなければそれを語ることは出来ません。』
『それじゃあなたになにかをきくことはできないの?』
『いいえ、”ナナ”の許しのあることならば。』
『どういう風に許しは出るの?』
 スナイはまたほんのり笑ってみせ、頭をかいた。
『それは説明のしようがないです。わかるんです。いっていいのかどうか。』

 客達のざわめきのなかで、わたしは少しめまいを覚えていた。
 イサクの方が冷静だった。
「なるほど。まだよくわからないけど、もっとよくここのはなしを聞いてみたいってことには違いない。そうだろ?」
「そのようね・・。」
 そう答えながらわたしは急速に意識が薄れていくのを感じていた。
「ナナ!」
 イサクやスナイが叫んだのはおぼろげに聞こえた。マーシの声もしたようだった。
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 気がつくとこじんまりとした部屋のベッドに寝かされていた。
 見下ろすイサクの顔があった。
「だいじょうぶか?ビックリしたよ。」
「うん。だいじょうぶ。ちょっと疲れたのよ。スナイは?」
「また明日会おうって。まア、今夜はゆっくり寝るんだな。」
「わかった・・。」
 そう答えるそばから引き込まれるような眠りに落ちていった。

 そこは白くてきれいなところだった。
 高いところから見下ろしていた。
 霧のようなもやが切れると山々が見えた。
“ナナ”の山だ。
 それがなんと無数に見える。
(ここはどこ?“ナナ”のふるさと?)
 自分が飛翔しているのがわかる。
 やがて地平線に輝くとてつもない光に飲み込まれて天地も分からなくなった。
 声がきこえる。
 きいたことのない、ひとでないような鳥のようなささやき。
 その声には色があった。ささやくたびキラキラと光の粒のようなものにまみれる。
 光り輝く黄緑、桃色、黄金色。
 ひとつの音ではなく、さざめくような波のようなハーモニーの波動を浴びてわたしはわたし自身も光り輝いているのを感じていた。
 どういうわけか
(全てわかっている。)
 と思えた。
(なにが?)
 説明つかない全体的な自分がいた。
 もしかするとこれがわたしなんだろうか?
 いや、そんなこと『わかっている。』
 たったの一部である自分から全部である本来の自分にもどっているだけなのだ。
 涙は泉のごとく湧きに湧いて尽きることを知らないようだった。
 でもそれはセンティメンタリズムからはほど遠い、せつないほどなつかしい歓喜のしわざだった。
 ちっぽけな自分の傷の痛みがいやされるとかそういう次元の涙ではなかった。
 傷という概念はその次元には存在しなかった。たましいというのはどこもいびつではない完璧な円を描いたこれ以上ないくらいの完全なものだった。
 なににも汚されることのない気高いものだ。
 それそのものにがつんと触れるとき、どんな極悪人もおそらく泣かずにいられないだろう。
 ささやかれる言葉のようなものは自分の知っている言語には置き換えられないが意味は透明なクリスタルのような自分の脊髄にずしんと響いていた。

 目覚めると鳥のさえずりがきこえた。
 一瞬どこにいるのかわからなかった。
 自分が何者かも思い出せなかった。
 部屋をノックする音がした。
 マーシが顔をのぞかせた。
『どう?気分は?』
 思い出した。
『いいわ。ちょっとからだが重いけど。』
『朝食は?食べれるでしょ?』
『そうね。いただきます。』
『よく眠れた?』
『ええ。でも不思議な夢を見たわ。見たことないような不思議な夢。』
『どんな?』
『ひとことではいえないけど、”ナナ”の山が出てきた。』
『そう。』
 マーシはゆっくりと深くうなずくと
『今ここの宿のエスターが朝食を持ってくるわ。ゆっくりしてらっしゃい。』
 といって出ていった。
 しばらくぼうぜんと窓から差し込むやわらかな光をみつめていた。
 そして自分のからだを確かめるようにベッドからゆっくり足をおろした。
 ノックがして同年代の20代後半くらいの女性が顔を出した。黒い瞳が印象的な雑貨屋のエスターだった。
 カーペンターズのカレンのような笑顔を見せながら
『スクランブルエッグでいいかしら?エスター・クランチよ。宿「雑貨屋」にようこそ。』
 と片手に朝食のトレーを掲げたままもう片方の手を出す。
『よろしく。ナナです。あの、わたしの連れはどこにいるのかご存じですか?』
『ああ、彼ならゴジィの家にいるわ。ゆうべはそこへ泊まったの。なにぶんここはひと部屋しか空いてなくって。』
 わたしはうなずいてせいいっぱいの感謝の笑顔をむけた。エスターはウインクして返し、てきぱきと出ていった。
 フレッシュジュースを口にしながら夢を反すうした。
(なんというなんという夢だったろう。あれはまるで実体験のようだった。”ナナ”に関係があるんだろうか?)

 身支度して下に降りた頃、ちょうど雑貨屋の店の扉を開けて入ってきたイサクとはち合わせた。
「よう!どうだ?」
「もういいわ。それよりすごい夢をみたんだけど、スナイにはいつ会える?」
「ちょうどそのことで来たとこだよ。きょうは家のほうに来ないかってお誘いだ。今から出れるか?」
「モチロン!」
 まわしてくれた車に乗り込むと、イサクは勝手知ったるようにすぐ発進した。
「夢って?」
「スナイと一緒にきいて。ちょっとぼうぜんとしてるのよ・・。」
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