ナナン

ナナの声をきく者 ナナの目でみる者とは?新しい神話が紡がれる――    〜2006/10/5〜11/23*全50話〜

<< June 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

- | permalink | - | -

赤土の町

 その山は町のどこからも見えた。
 雪男の頭のような、ワイングラスの足をとってさかさにしたような、唐突に大地から突き出たでっぱりだった。
 高さはそう高くもなくすそまわりも大きくはないが斜面が急なので人が気軽に登るには向かない。
 でも、町のどこにいても目に入るし、写真をとればその山ぬきには撮れないような小さな町でもあった。

 わたしがその町を初めに車で通ったのは6月。ネイティブ・アメリカンの文化研究で日本の大学から現地調査に来た、その通り道だった。
 赤土の多い埃っぽい殺風景なところ。
 初めの印象はその程度だった。
 通り沿いに雑貨屋だのパブだの何件か店はあって、はずれにはガソリンスタンドもあったのでなにかの時は使えるかなとちょっと思ったくらい。
 けれども先を急いでいたので車を止めることはなく、埃を巻き上げながらその時はそこは通り過ぎる風景の一部にすぎなかった。
 
 次に通ったのは10月だった。
 取材したかったネイティブの古老が思ったよりさらに遠くにいて、ガソリンが心細くなってきたわたしと相棒の織田勇弘(おだ いさく)は帰り道、初めてその小さな町のガソリンスタンドに寄ることにした。
 イサクがオイルを入れている間、わたしは車から降りて町並みを眺めた。
 見慣れぬ東洋人を人々は見るともなく注目していた。
「ナナ、オッケイ。入ったよ。」
「うん。ちょっと休んでく?」
 わたしたちは町に一軒しかないパブに入った。
 まだ午後のせいかガラガラの店内で中年の赤毛のふくよかな女性と背の低い黒髪の男性が夜のために準備しているのか働いていた。
 カウンターに行き、中の女性にイサクはコーラを注文し、私にきいた。
「ナナ!何にする?」
 ぎょっとしてふたりが同時に振り返った。
 驚きとも困惑ともつかぬ不思議な表情に私たちは一瞬とまどった。
「?わたしも・・コーラ・・。」
 ふたりとも我にかえったようにうなずくと、コーラの栓を2本抜いてわたしたちによこした。
「・・。なんだろうね。今の反応。」
「うん。ナナに呼びかけたら驚いてたな・・・。」
 イサクはひとなつこい性格を発揮して黒髪の男性に話しかけた。
『私達はネイティブ・アメリカンの文化研究をしている日本の大学の研究員なんですが、あなたはネイティブの血を引いていますか?』
 はにかむように笑うと男性はうなずいた。
『4分の1入ってるよ。ネイティブ・アメリカンのなにが面白いんだ?』
『偉大な智慧と気高さ。謙虚さに強さに美しさ。いろいろある。』
 さらに笑うと彼は手を出した。
『ゴジィ。ゴジィ・マルケス。』
『イサク・オダ。よろしく。こっちは同じ研究をしているナナ・モリシマ。』
『ナナ?』
 意味ありげにしかしどこかうれしそうにゴジィはまた笑った。
 赤毛の女性も手を伸ばしてきた。
『マーシ・マクウェル。』
『ヨロシク。』
 マーシは歓迎の笑顔をみせてうなずいた。
『ゆっくりしてって。これはサービス。』
 そういってマーシは焼き立てのホット・ドックを出してくれた。
 わたしはこれも縁と思い話しかけた。
『ありがとう。わたしたちこの先のネイティブ・アメリカンの居留地に時々調査に来るんだけど、この町に寄ったのは初めて。ネイティブの伝承やこのあたりに伝わる古い知識を知っているひとがいたらぜひ紹介してください。』
『調べてどうするの?』
『まずは論文にしますが、ゆくゆくは世界の共通財産として出版したいと思ってます。世界は古い智慧を忘れて必要としていますから。』
 マーシとゴジィはうなずいた。
 マーシがゴジィに目をやるとゴジィも目配せした。
『これは、なにか不思議なご縁を感じるのでこの町のとっておきの人物をご紹介したいんですけど。よかったら会っていきませんか?』
 今度はわたしたちが顔を見合わす番だった。
『ぜひ、よろしくお願いします。』
 マーシは電話に向かうとどこかへかけて親しげに会話してもどってきた。
『この町で一番たよりにされている古い家の当主があと1時間ほどもしたらここへ来るってことです。』
『ここは宿はありますか?』
『一軒だけ。雑貨屋の2階の部屋を貸してるわ。』
『オッケイ。ありがとう。』
 午後も3時をまわっていた。
 客がいくにんか入ってきた。
Story | permalink | comments(6) | trackbacks(0)

スナイ

 夕方。仕事が終わった町のひとびとが三々五々パブに集まってきていた。
 わたしはマーシに紹介されたのは年輪を重ねた古老だと勝手に思い込んでいたので、スナイが入ってきたときは気にもとめなかった。
 彼は赤いチェックのシャツを着てGパンをはき、メガネをかけた細面のごくありふれた高校生だったからだ。
 髪は赤みがかった茶色できゃしゃで、白い肌にそばかすが浮いていた。
 彼はざっと店内を見渡して、まっすぐわたしの方へやってきた。
 はにかんだ、ひかえめなブルーグレーの瞳。
 しかし小さいけれど落ち着いた声できいた。
『ナナ?』
 わたしはしばしその意味がつかめずスナイの顔をみつめ、それからやっと返事した。
『あなた?』
『はい。僕です。マーシから電話をもらいました。スナイ・ルカックです。ヨロシク。』
 といって細い腕を差し出す。
『ナナ・モリシマ。ヨロシク。』
 まるで女の子のようなきれいな手だと思いながら、その手をにぎりかえした。
 わたしはイサクと目を合わせながらやはりどこか違和感をぬぐえずつぶやいてしまった。
『若いのねエ。』
 スナイは軽くニコッとしてほんのり頬を染め、
『僕の父も若い頃継ぎました。』
 と答えた。その感じがとても素直でわたしは好感をもった。
 イサクがいった。
『ナナの仕事のパートナーのイサクだ。イサク・オダ。よろしく。』
 スナイは軽くうなずいた。
 マーシがサンドイッチとコーヒーを運んできた。スナイに笑いかけるとスナイも微笑んだ。
『さっそくだけど、あなたの家っていうのはどういうお家なの?』
『ネイティブ・アメリカンの流れをくむのかハッキリしませんが古い部族の末裔で、ネイティブのような古い智慧やシャーマン的な役割が伝わっています。』
『ネイティブ・アメリカンとは別の流れがあるかもしれないって?フーン・・。この町ではどういう役割を負っているの?』
『町や人々の行方をみるのが大きな役割です。』
『行方?』
 わたしたちはまた顔を見合わす。
「占いみたいなことかしら?」
『あなたはそれがすでに出来るってこと?』
『幼いときからやってました。僕の父もそうでした。』
 そしてちょっと言葉を切ってわたしの方を見ながらつけ足した。
『その、僕のような人間は”ナナの声をきく者“とか”ナナの目でみる者“という意味のナナンと呼ばれています。』
『”ナナ”?』
 わたしとイサクは同時に声をあげた。
『その”ナナ”っていうのは?』
『山にあらわれたソウル(たましい)のことです。山があるでしょう?あの山のてっぺんに”ナナ”を祀ってます。もうずいぶん古くからです。』
 わたしはそれをきいてマーシやゴジィがはじめてわたしの名をきいた時のミョウなカオを思い出した。
『僕・・。』
『何?』
『実はあなたが来ることは去年の冬からわかっていました。』
『どういうこと?』
『何度も夢に出てきました。』
『会ったこともないこの顔が?』
『会うことになることはわかっていました。』
『・・・。』
『それと・・。』
『何?』
『・・・。あなたがこれからすることも時々みます。』
『何をするの?』
『それは言えません。ナナンのおきてだから。』
『どういう意味?』
『ナナンは未来がみえても、”ナナ”の許しがなければそれを語ることは出来ません。』
『それじゃあなたになにかをきくことはできないの?』
『いいえ、”ナナ”の許しのあることならば。』
『どういう風に許しは出るの?』
 スナイはまたほんのり笑ってみせ、頭をかいた。
『それは説明のしようがないです。わかるんです。いっていいのかどうか。』

 客達のざわめきのなかで、わたしは少しめまいを覚えていた。
 イサクの方が冷静だった。
「なるほど。まだよくわからないけど、もっとよくここのはなしを聞いてみたいってことには違いない。そうだろ?」
「そのようね・・。」
 そう答えながらわたしは急速に意識が薄れていくのを感じていた。
「ナナ!」
 イサクやスナイが叫んだのはおぼろげに聞こえた。マーシの声もしたようだった。
Story | permalink | comments(0) | trackbacks(0)

 気がつくとこじんまりとした部屋のベッドに寝かされていた。
 見下ろすイサクの顔があった。
「だいじょうぶか?ビックリしたよ。」
「うん。だいじょうぶ。ちょっと疲れたのよ。スナイは?」
「また明日会おうって。まア、今夜はゆっくり寝るんだな。」
「わかった・・。」
 そう答えるそばから引き込まれるような眠りに落ちていった。

 そこは白くてきれいなところだった。
 高いところから見下ろしていた。
 霧のようなもやが切れると山々が見えた。
“ナナ”の山だ。
 それがなんと無数に見える。
(ここはどこ?“ナナ”のふるさと?)
 自分が飛翔しているのがわかる。
 やがて地平線に輝くとてつもない光に飲み込まれて天地も分からなくなった。
 声がきこえる。
 きいたことのない、ひとでないような鳥のようなささやき。
 その声には色があった。ささやくたびキラキラと光の粒のようなものにまみれる。
 光り輝く黄緑、桃色、黄金色。
 ひとつの音ではなく、さざめくような波のようなハーモニーの波動を浴びてわたしはわたし自身も光り輝いているのを感じていた。
 どういうわけか
(全てわかっている。)
 と思えた。
(なにが?)
 説明つかない全体的な自分がいた。
 もしかするとこれがわたしなんだろうか?
 いや、そんなこと『わかっている。』
 たったの一部である自分から全部である本来の自分にもどっているだけなのだ。
 涙は泉のごとく湧きに湧いて尽きることを知らないようだった。
 でもそれはセンティメンタリズムからはほど遠い、せつないほどなつかしい歓喜のしわざだった。
 ちっぽけな自分の傷の痛みがいやされるとかそういう次元の涙ではなかった。
 傷という概念はその次元には存在しなかった。たましいというのはどこもいびつではない完璧な円を描いたこれ以上ないくらいの完全なものだった。
 なににも汚されることのない気高いものだ。
 それそのものにがつんと触れるとき、どんな極悪人もおそらく泣かずにいられないだろう。
 ささやかれる言葉のようなものは自分の知っている言語には置き換えられないが意味は透明なクリスタルのような自分の脊髄にずしんと響いていた。

 目覚めると鳥のさえずりがきこえた。
 一瞬どこにいるのかわからなかった。
 自分が何者かも思い出せなかった。
 部屋をノックする音がした。
 マーシが顔をのぞかせた。
『どう?気分は?』
 思い出した。
『いいわ。ちょっとからだが重いけど。』
『朝食は?食べれるでしょ?』
『そうね。いただきます。』
『よく眠れた?』
『ええ。でも不思議な夢を見たわ。見たことないような不思議な夢。』
『どんな?』
『ひとことではいえないけど、”ナナ”の山が出てきた。』
『そう。』
 マーシはゆっくりと深くうなずくと
『今ここの宿のエスターが朝食を持ってくるわ。ゆっくりしてらっしゃい。』
 といって出ていった。
 しばらくぼうぜんと窓から差し込むやわらかな光をみつめていた。
 そして自分のからだを確かめるようにベッドからゆっくり足をおろした。
 ノックがして同年代の20代後半くらいの女性が顔を出した。黒い瞳が印象的な雑貨屋のエスターだった。
 カーペンターズのカレンのような笑顔を見せながら
『スクランブルエッグでいいかしら?エスター・クランチよ。宿「雑貨屋」にようこそ。』
 と片手に朝食のトレーを掲げたままもう片方の手を出す。
『よろしく。ナナです。あの、わたしの連れはどこにいるのかご存じですか?』
『ああ、彼ならゴジィの家にいるわ。ゆうべはそこへ泊まったの。なにぶんここはひと部屋しか空いてなくって。』
 わたしはうなずいてせいいっぱいの感謝の笑顔をむけた。エスターはウインクして返し、てきぱきと出ていった。
 フレッシュジュースを口にしながら夢を反すうした。
(なんというなんという夢だったろう。あれはまるで実体験のようだった。”ナナ”に関係があるんだろうか?)

 身支度して下に降りた頃、ちょうど雑貨屋の店の扉を開けて入ってきたイサクとはち合わせた。
「よう!どうだ?」
「もういいわ。それよりすごい夢をみたんだけど、スナイにはいつ会える?」
「ちょうどそのことで来たとこだよ。きょうは家のほうに来ないかってお誘いだ。今から出れるか?」
「モチロン!」
 まわしてくれた車に乗り込むと、イサクは勝手知ったるようにすぐ発進した。
「夢って?」
「スナイと一緒にきいて。ちょっとぼうぜんとしてるのよ・・。」
Story | permalink | comments(0) | -

 ”ナナ”の山をぐるっとまわりこんだちょうど反対側の森の中にスナイの屋敷はあった。
 ルカック家はアメリカにしては珍しくいつから続くのかわからないくらい古い家でこの町の重鎮だった。一族には名士も数多く出て、なかには上院議員になったものもいる、とイサクはゴジィから情報を仕入れていた。
 しかし、「当主」となるものは必ずナナンなのだ、とゴジィは尊敬のこもったまなざしをむけていたそうだ。
 入り口にはなんの木だろうふたかかえもありそうな大木が門がわりに繁っていて、車はそこから並木道を玄関まですべっていった。
 2階の窓からスナイが手を振っていた。
 玄関が開いて金髪の上品な女性が微笑んだ。
『ようこそいらっしゃいました。スナイの母のワシリーです。どうぞお入りになって。』
『ナナ!どう?今日の気分は?』
 2階から降りてきたスナイは機嫌よく快活に笑った。
『あなたに会いたかった。ゆうべは不思議な夢をみて。』
 ふふふふ、と笑うとスナイは手招きした。『座ってはなそう。』
 居心地のいいリビングに案内され、ワシリーは香りのいい紅茶を運んできた。
『御家族はほかには?』
『兄がひとり、妹ひとりいるけど町を出て仕事についたり学校の寮に入ったりで今は僕ひとり。父は出かけてるけどじきにもどります。ナナに会いたいらしい。』
『あら、お兄さんもいるの?それじゃナナンなのは・・。』
『そう。なんで僕が継いだかって顔だね。兄はナナンではないんです。』
『そう。ところであなたはわたしを夢にみたっていってたけど、夢っていうのはなにか不思議な世界につながるようなことはあるの?』
『ああ、行ってきたんだね?』
 スナイはこともなげに答えた。
『えっ?もしかして知ってるの?あれはなに?』
「ちょっと待ってなにをみたって?」
「ああ、ごめん。じつはね。」
 わたしはかいつまんでイサクにもわかるように夢のはなしをした。
 ワシリーは紅茶におかわりをついだ。
『僕は小さい頃からそこへよく行ってたので、ひとが行ったことがないというのをきいて驚いたんだ。ナナンはそこを”源”と呼んでいます。』
『あれくらいなんの心配もなく満たされた想いというのはいまだかつて経験したことがないんだけど。』
『うん。でもじつはみんな経験しているんだ。』
『えっ?』
『忘れているだけ。そこから来てそこへ向かっているってことを。』
『みんなって世界中のみんなってこと?』
『そうみんな。』
 イサクが口をはさんだ。
『それはこの町の君の一族だけに伝わる神話という意味ではなくてもっとひろい意味?』
『神話をファンタジーだと思っている?』
『いや、おとぎばなしだとは思わないよ。その文化が生み出す智慧と示唆に富んだ壮大な遺産だ。』
『神話は昔話でもなく作り物でもないよ。メタファーではあるけれど今に完全にシンクロした地図なんだ。』
 そう語るとスナイは立ち上がって暖炉の上の”ナナ”の山の写真を手にとった。
『この山に”ナナ”が降りたのは今から二千年以上もっと前だけど、今ありありといきいきとここに存在しています。そして”ナナ”を忘れさせないためにナナンを”ナナ”自身が選びます。そして遠くはなれた東の国の女性にナナと名をつけてこうして呼び寄せたりもします。ふふふふ。』
 最後はちょっと冗談のように笑いながらスナイはそんなことを口にした。
『呼び寄せた?』
『長く守ってきた神髄をそろそろ開けはなそうという時期らしいです。それには違う文化圏の一見第三者がかかわったほうが説得力があるでしょう?』
『・・・。』
 あっけにとられてわたしとイサクは返す言葉がなかった。
 ふたりとも同じことを考えていた。
(伝承という文化研究をしているだけなのに、このきゃしゃな赤毛の少年はなにをさせようというんだ?)
Story | permalink | comments(0) | -

レーネン

 ドアが開く音がして靴音がした。
『スナイ!みえたんだね?』
『父のレーネン・ルカックです。紹介します。』
 スナイとよく似た赤茶色の髪で深い瞳をした紳士が慈愛のこもった笑顔でリビングに入ってきた。
『ようこそナナ。』
『ようこそイサク。』
 あたたかくて大きな両のてのひらでつつみこむように握手する。
『スナイにきいてます。きょうはスナイがおふたりをお迎えしている間にナナマウンテンに登ってきました。引退してからはずいぶんひさしぶりのことです。』
『いや、エラク歓迎していただいてとまどっているんですが、なにかわたしたちに期待されているようで。』とイサク。
『はははは。おラクに。』
 全員ソファーに座り直した。
『ナナ、あなたの母方の家系に神社の神祀りをされている方がいらっしゃるでしょう?』
 唐突で意外な言葉に絶句した。
『それは・・。なぜ・・?』
『驚かせてすみません。イサク、あなたのひいおじいさんはハワイにいたことがあります。』
「えっ・・?」
 それは本当だった。ハワイに渡ったがからだをこわして日本にもどってきたと以前きいたことがある。
『なぜこんなことをいうのかと申しますと、ここへくることは必然だったと申し上げたいのです。』
『・・・。』
『ルカック家がそうであるようにある役割の家系というのがあります。それからバランスをとるために役割を負う、ということもあります。』
『?』
『ナナの家系には神なじみがあり、イサクはひいおじいさまのハワイでのおこないのバランスをとるためどうやらナナのサポートをするようです。ひいおじいさまはハワイの聖地を犯したためにからだをこわしました。深刻なものではありませんがあなたがバランスを修復します。』
『ハワイでのことをここでですか?それも今頃?』
『距離というものは存在しません。そして時も「時」自身がその時を選びます。』
 どこか観念するような気分になってきて言った。 
『わかりました。それじゃ、”ナナ”のおはなしをきかせてください。』
 イサクも神妙な顔になって組んでいた足をはずし、身をのりだした。
 レーネンはスナイをうながした。退いたもののルールを守っているようだった。
 スナイはうなずくと静かに語りだした。
 語るときのスナイはとても10代の高校生には思えなかった。どこか「当主」としての威厳が感じられた。 
『この地上には様々な古い民の神話が伝わっています。日本神話もそうですし、アメリカでいえばネイティブ・アメリカンのホピの神話、メキシコではマヤ。オーストラリアではアボリジニ。ヨーロッパではケルトなど、たくさんあります。ルカックの”ナナ”もそのひとつですがそのどれもに共通するものはなんだと思いますか?』
『来た道を示し行き先を照らしている?』
『そうです。けれどもそれに耳を貸すひとは年々減っています。もちろん少数の根強い”耳のあるひとびと”がいることも事実です。けれどもそろそろそれでは間に合わなくなってきた。そう”ナナ”はいっています。』
『ちょっとごめんなさい。あなたは”ナナ”と会話するのですか?』
『人と話すような会話じゃありません。けれども交信はしています。”ナナ”は映像としてみせてくれることもあれば、言葉を超えたやり方で直接触れてくることもあります。』
『それがわたしもきいた鳥のささやきのようなもの?光の洪水?なんだか一気に意味が伝わったんだけど。』
『そう。』
『ところで”ナナ”とはいったいどういう存在なの?他の文化の神に例えられますか?全く違うとしたらどういうところが?』
『出どころは他のたくさんの神と呼ばれる存在と共通です。けれども降り口に応じて祀る人間に応じて表現のされかたは変わります。けれども目的はひとつなので栗のいがのようなものだと僕は思ってます。』
『栗のいが?』
『真ん中の実りは共通でそこからたくさんの手のようないががはえてるってこと。その手のひとつだと思うのですが、栗は栗です。』
『なるほど。』
『軽い食事の用意が出来たので庭へいかが?』
 いつのまにか席をはずしていたワシリーが輝くような笑顔をむけてうながしにきた。
 わたしもイサクも我に返ったようにうなずいた。
『ええ、ありがとうございます。』
Story | permalink | comments(0) | -

ワシリー

 来る時は背後になって気付かなかったが、外へ出ると”ナナ”の山をうつくしく仰ぐこれ以上ないつくりの庭だった。
 朝に夕にこの景色を拝むというのは、どんなに即物的な人間であれなにか感じずにはおれなくなるのではないかとすら思えた。
 わたしはワシリーの笑顔に惹かれていきなりきいてしまった。
『あなたはレーネンとどうやって結ばれたのですか?』
 ちょっと可笑し気に小さく笑うとワシリーは言った。
『わたしはカリフォルニアに住むいわゆるよくいるアメリカ人でしたけど、からだをこわして絶望していた時にこの人と出会って生き返ったんです。』
 レーネンははにかむようにいたずらっぽく声をたてずに笑っていた。
『その時、いままでの自分は死んで全く新しいみずみずしい自分に生まれ変わりました。そして気がついたらここにいてスナイを生んでました。』
『僕だけが母の子なんです。』
『えっ?』
『上の兄の母は亡くなりました。そのあと父と母が再婚して生まれたのが僕。』
『妹さんは?』
『事情があって両親が引き取った養女です。でも実の兄妹みたいに仲がいいけどね。母もナナンの僕を生むために引き寄せられた運命の人です。ルカックの家は一度もナナンが出なかったことはないんです。』
『運命、か・・。』
 低木の葉裏が風にひるがえって光った。
 金髪のこの女性は一見こういう文化には無縁にみえ、スナイの母ときいたときに意外な感を覚えたのは事実だった。
 けれどもたましいの役割は人の先入観やボーダーを超えているのだということをワシリーはまるで実例として今ここに目の前に現わしてくれているようだった。
 そもそもボーダーというのはないのだ。ということをすでに「源」は私の中心に直接響かせている。
 わたしたちの勘違いと記憶喪失ははかりしれないのかもしれなかった。
『ところでこの出会いにわたしたちもとても興味があるのですが、”ナナ”のメッセージというのは具体的にはどういうものなんですか?』
『そう、まずは登ってもらうのがいいかもしれません。”ナナ”の山に。』
『登れるの?』
『だれでもというわけじゃありませんが、あなたがたなら。僕は毎朝登っています。あなたなら直接メッセージも受け取れるかもしれない。』
『スナイは毎朝登って何をしているの?』
『お祀りです。日本にもあるでしょう?感謝を捧げます。そしてその時にメッセージを受け取ります。』
『儀式のようなものはあるの?』
『はい。清めの儀式はあります。それはやってもらいます。』
『当主としての役割は毎朝の登拝とあとは?』
『普段は町のひとの相談にのります。』
『相談?』
『迷っている時に情報を提供するんです。』
『お告げってこと?』
『はははは。僕らはリーディングっていいます。』
『そのときはあなたはどういう状態なの?自分の意識はあるの?』
『意識はありますけど自分のはすみっこのほうに置いて通路になります。』
『通路?』
『クリスタルのように透明でいないと情報がゆがむのでじぶんはしーんとして横にいます。』
 わたしはちょっと息をつぎたくなってとなりのワシリーに水をむけた。
『あなたはレーネンやスナイのこういうことはごく自然に受け取れますか?』
『モチロンはじめにレーネンに会った時はなに言ってるんだろうと思いましたよ。そんなことには全然興味なかったんです。でもある日自分でもそういうことがあったら受け入れざるをえないでしょう?』
『リアリイ?あなたもそうなったんですか?ある日を境に?』
 うなずきながらワシリーは笑っている。
 うーんと腕を組んだ。
 イサクが可笑しそうにつぶやいた。
『それをいえばナナだってなんだか立派な経験してたよなア。それもごく最近。ゆうべだっけ?』
「あれはでも寝ている間。半信半疑よ。」
 思わず日本語で返事してしまったがスナイはすかさず会話に入った。
『ナナ、本当に?半信半疑?そうじゃないでしょう?』
 うっと詰まって一息ついてから答えた。
『・・ごめんなさい。ほんとはわかってるの。そうです。そう。事の大きさについてけなくてちょっとだだをこねました。え?あなた日本語わかるの?』
 ニコニコしているスナイをみて観念した。
「イサク、スナイは言葉で会話してないわ。」
 イサクは黙って降参の仕草をした。
 ルカック家の人々は愉快に、思いやり深く笑った。
Story | permalink | comments(0) | -

ナナの山へ

 チーズののったライ麦パンやオレンジで軽い昼食をとり終えると、スナイの案内でナナマウンテンに登ることになった。
 ルカックの屋敷から”ナナ”の山につづく小道がのびていた。
 大きな石がふたつ並んだ入り口のようなところの手前に、井戸があった。
 そこには東屋があって祭壇がある。
 スナイは井戸の水を汲んで手を浸し、その手を振ってわたしたちに滴をかけ、そこに捧げられている木の枝をとった。
『清めの儀式です。リラックスしてください。この聖なる木を焚いた煙はあなたがたの様々な滞りをクリアーにする作用があります。ただゆだねていてくれればだいじょうぶです。』
 そういってポケットから火打石のようなものを出して打った。
 火花が散り、皿に盛られたおがくずのようなものに火が移った。
 そこにその枝をかざすと白い煙が立ちはじめる。はっかのようなかすかな香りがした。
 わたしはその瞬間音を立てるようにあきらかにその場の空気が変わったのを感じた。
 なんと説明したらいいのか、ふわっとかるくなり空気がきらめくようだった。
 でもそれは視覚や触覚といった五感で受け取ったのではなかった。
 今までにも様々な機会にお清めのようなものに立ち会ったことはあった。ネイティブ・アメリカンの瞑想のための儀式や神社のお祓いなど。けれどもそれらはたんなる儀式だと思っていた。
 ほんとうに場の浄化をしているとは思っていなかったのだ。
 けれどもそれはほんものの手続きだった。
 おそらく他での儀式も実はそうなのかもしれない。きっとわたしのなにかが変わったのだ。
 受け取るために変わらざるを得ないその時がきたのかもしれない。
(時は「時」自身がその時を選ぶ。)
 レーネンの言葉がよみがえってきた。
 スナイは澄んだ瞳で枝を持ってわたしたちのまわりを廻った。わたしたちは聖なる煙に包まれた。
 わたしたちの目の前で止まるとスナイは片手を私たちの頭にかざしきいたことのない言葉をゆっくり唱えると言った。
『はい。オーケーです。それでは行きましょう。』
 神聖な気持ちになった。イサクもそうらしい。口を開かなかった。
 わたしたちは石段を一歩一歩踏みしめて細くて急な坂を登り始めた。
 息が荒くなってきた頃ちょうどいい具合に踊り場がある。スナイは慣れているので息も上がっていないが、ふりかえってわたしたちのペースに合わせてくれた。
 30分ほど登ったところでひらけたところに出た。そこからは町が一望出来た。
 さえぎるものがないのではるかかなたの山並まで望める。
 スナイはそこで立ち止まると遠くを見るまなざしで言った。
『ここからの夕日は素晴らしいんです。この世界はなんてうつくしいのかっていつも思います。』
 息を整えながらその横顔を見ていてふと思った。
(彼はいったいほんとうにひとなんだろうか?まるでどこか地球じゃないところからやってきた異邦人みたい。)
 スナイはわたしのつまらない思考に気がついたようでにこっとした。
『僕は人間だよ。高校にもいってるし、友達もいる。失恋だってするし、試験勉強は大嫌いさ。』
『試験勉強なんかするの?』
『もちろんさ。でないと卒業出来ないもの。』
 くっくっくっくっとイサクが笑った。
『なんのはなししてるんだ。せっかく神聖な気分でいたのに。』
『ごめん。』
『もうすぐそこです。ここからはたしかに神聖な気分になってもらいます。』
Story | permalink | comments(0) | -

山頂

 さらに10分ほど登るとついに”ナナ”の山の頂上に着いた。
 そこは思ったより小さなスペースだったが、気持ちよく低木に囲まれて大きな岩盤があった。人力では運べないような四畳半ほどの一枚岩の上にソファーくらいの白い石が横たわっている。
 その空間に出た時、わたしは自分の内側がぐううとふくらむのを感じた。
 皮がつっぱってなにか大気のようなものが充満してくるようだ。
 スナイは今までになく神聖な顔をして岩盤にひざをつくと胸に手をあてた。
 わたしたちもひざまずいた。
 やはりきいたことのないしかしうつくしいうたのような言葉をスナイは捧げはじめた。
 それは抑揚をつけてしばらくつづいた。
 きいているうちにわたしはあたまがすっかりまっしろになっていった。
 目の前に金色の光がはねるようだった。
 それはソーダ水のようにはじけてわたしを覆う。
 スナイのうたうような声のうしろにあの鳥のようなささやきが重なってきた。
 走馬灯のように自分のこれまでの人生が巡りだした。
 
 小さな頃、働いていた母の帰りを待ってひとりで近くの神社で遊んでいたことがあった。小学校にも入る前だ。少々さみしい想いをしながら待ちくたびれて拝殿の階段に座り込んでうつらうつらしてしまった。
 その時10cmくらいの虹色に輝く龍がふっと目の前を過ぎ、うすばかげろうのような
羽根をもつ精霊のようなものも一瞬横切った。ねぼけていたわたしはきれいな夢だと思っただけで目がさめたらすぐに忘れてしまった。
 ずっと忘れていたことだった。
(あれはほんとうにあったことなんですか?) 
 内側に響いてくる自分の声がした。
(あれが夢だって?わかっているくせに。)
 大きくなってからもそういえば一度不思議なことはあった。
 どうしても行かなければならないところへ行く直前、具合が悪くなって寝込んだ寝床でのことだ。
 横になってはいるものの、心配でもんもんとしていた。
 その時目をつぶっているのになんだかまぶしくなって、その光るなにかが自分の身にしみてくるのを感じた。
 それはわたしのからだに慈雨のごとくしみこんできてなんだかわたしを癒しているようなのだ。
(だいじょうぶだ。)と思えた。
 起き上がるとしみこんだ側のからだがそうでない方よりもかるいのに気がついた。
 今の今まで記憶のかなたに忘れ去られていたことだった。
(なんだかわからないけど支援されている。それは気のせいなんかじゃない。なのにそれに気がつかないふりをしてきた。)
(これらはいったいなんなのですか?実在するなにかですか?なぜわたしにこんな経験が?)
 光のさざめきが高まった。
 意味を超えて直接伝わって来た。
(これはわたしだけの経験ではない。そして次元を超えて存在するエネルギーのわたしたちは窓口のひとつ。肉体という3次元の物質はなかなかエキサイティングなシステムだから、十分皆で楽しもうじゃないか。)
 ふうっと光がうすれてスナイの声がしてきた。
『・・きょうはこの時を一緒に分かち合ってくださって感謝します。”ナナ”も喜んでいます。』
 イサクが鼻をすする音がした。
『なんだかわからないけどありがとうっていう気分でいっぱいだ。ありがとう。』
 そういってスナイと握手している姿が目に入って来た。イサクはわたしの顔をみて言った。
「ナナ、どうした?」
 言葉にしようとして言葉をどのように発するのか一瞬思い出せなかった。
『いい時をもったみたい。』
 スナイがかわりに答えてくれた。

 帰り道、”展望台”のあたりでやっと言葉がもどってきてわたしはイサクにきいた。
「・・どうだった?」
『ああ。う〜ん。なんていうんだろうな。とてもあったかくてなつかしい想いが湧き上がってきた。やすらげる感じというのか。別に俺はなにも見えたり聞こえたりはしないけどね、でもこういう感じははじめてだな。』
 スナイはうなずいた。
『ナナは?』
『やっぱりゆうべの夢は”ナナ”の”源”だったんだって思った。そこと再会して今までの自分の歩みを思い出させられて、なんだかワケがわかった気がする。』
『ワケ?』
『いまここにいるわけがね。』
Story | permalink | comments(0) | -

潜望鏡

 帰りは早かった。
 みるみるうちに石の入り口まで帰ってくるとスナイはうれしそうに言った。
『家でお茶を飲んでください。父や母も待ってます。』
 わたしたちは午後の日差しあふれる庭からまたさっきのリビングにもどってきてソファーにもたれこんだ。
『おかえりなさい。』
 レーネンとワシリーの相変わらずの笑顔があった。
 だがわたしもイサクもまるで登る前と別のところに来た様な感覚でいた。
 まるで2、3日経ったようだ。
 そこは変わっていない。変わったのはわたしたちの方なのだ。

『いい登りをしてきたようだね。』
 レーネンは読んでいた新聞をたたむと微笑みをたたえて言った。
『今夜は家に泊まってくださいな。いたいだけいてくださっていいのよ。』
 とワシリー。
『そうだよ。そうして。』とスナイ。
「どうする?」
 とふたりで顔を見合わせて1、2分考えた。
『今回は本当は今日までの取材の予定なんです。』
『これは腰をすえてじっくり時間をつくったほうがいいみたいなのでちゃんとプランニングして仕事を片付けてきます。近いうちにすぐまたもどって来ます。』
 イサクは現実的に答えた。
 わたしは付け足した。
『どっちみち今日はもう夕方で飛行機に間に合わないみたいだから泊めてくださいます?』
『オーケー!』
 ウインクしてワシリーは腕をまくった。
『自慢の料理を食べてもらうわね。』
 
 わたしとイサクは荷物を取りに雑貨屋にもどった。
 エスターがレジにいた。
『ハーイ!そうそう、うちは夕食はやってないのでマーシのとこで食べてもらうんだけどいい?』
『ああ、ルカックさんのとこに泊まることになったんです。荷物をとりにきました。』
 口笛を吹いてエスターはうなずいた。
『よかったわね。ルカック家のお客人てわけね。ワシリーとはお友達なの。よろしくいってちょうだい。』
『わかりました。ゆうべはありがとう。』
 そしてパブのゴジィのところにも寄る。
『そうかい。そりゃよかった。ゆっくりしていきなよ。』
『ほんとにどうもありがとう。マーシも。紹介してくださって感謝してます。』
『あたしたちこそうれしいわ。お役に立てて。”ナナ”はあたしたちの誇りなの。いいお仕事してね。』
 車に乗り込むとイサクが面白そうに言った。
『まさかこんなことになるとはなア。』
『フフフフ。人生これだからやめられないわね・・。』
 わたしたちはその晩、ゆっくりとワシリーの心尽しを味わってナナマウンテンの余韻を楽しんだ。
 笑い声の絶えない食卓だった。
 
 帰国する飛行機の中でわたしは窓から雲海を見下ろす。
 飛行機に乗るたびに思うのだが、この高度からの眺めは天界のようだ。
 まるで天使になったかのようなこの視界を手にしたことは速く目的地に着くことよりもじつはすごいことなのだ、ということにひとはもっと気づいてもよさそうなものだといつも思う。
 これって奇跡のひとつじゃないだろうか。これが当たり前に思えるとしたらひともずいぶん鈍感になってしまったものだ。
(そうでしょう?)
 と、わたしはわたしとともにある様々なエネルギーに語りかけた。
 彼等との営みの中でわたしは潜望鏡としてこの瞳を使って映像を結んでせいいっぱい楽しむ係。そんな気分になっていた。
 
 日本に着くとさっそく大学にもどって研究室で今回の調査のまとめに入った。
 スナイのところはインターネットというものに縁のない生活をしていたが、意味深なことをいっていた。
『僕らはもともとネットワークはもってたよ。インターナショナルな。なにもいまさら機械を使う必要もないんだ。やがてそうなるさ。みんな。』
 その通り、わたしは時々スナイの夢をみてスナイと語っている。彼は的確にわたしの問いに答え、電話すら必要を感じなかった。
「ナナ、3月ならなんとかなりそうだ。行くか?」
「もちろん!」
 わたしたちは時間のやりくりをつけて今度はプライベートでスナイのところに向かうことにした。
 研究室で”ナナ”についての調査を提案したが、いまひとつ教授も同僚も反応はにぶかった。
 もう少し下準備をすすめる必要があった。
Story | permalink | comments(0) | -

ヤマトタケル

 3月、空港でイサクと落ち合うとわたしは手続きを全てイサクにまかせて日本でのスナイとの夢でのやりとりをもう一度おさらいしていった。
 そのなかでも特に印象的な現象を思い出してわたしはしばし中空を見つめていたようで、イサクがもどってきたのにも気がつかなかった。
「なに?白昼夢でも見てるんじゃないだろうな?おい。」
「えっ?ああ、違うわよ。ちょっと思い出してただけ。」
「何を?」
「言ったと思うけど、”ナナ”が紹介してくれた日本の神様のこと。」
「ああ、イザナギノミコト?」
「うん。」
 
 ある晩のことだった。
 真夜中、俗にいう”丑三つ時”のことだ。
 スナイの夢をみるときはいつもその頃か、もしくは明け方が多かった。
 その日もふっと意識が浅くなってきて半分起きかかったような状態になったとき、スナイの声がした。
『ナナ、”ナナ”からの紹介だよ。日本の神々だ。』
 えっ?と思っていると、なにやらざわざわとしたさざめきがきこえた。
 それはまるでお茶の間でちゃぶ台をかこんで隣の家の家族がさざめきあっているようなそんな印象の存在感だった。
 そうこうするうちに寝室の壁がないような感覚になってきて、そのぽっかりとひろがった空間いっぱいに存在する『ファミリー』の中でもひときわ大きい存在のことをなんと表現したらいいのかナットクしている自分がいた。
 同時に直感が来た。
(イザナギノミコト・・・。)
 と同時になにか文字の印象。
 それは、わたしの分かる意味に翻訳するとこう読めた。
(日本武尊?)
 そしてその字面が自分に響き渡っているうちにイザナギファミリーの存在の印象はいつしか遠のいていった・・。
 
 メモ書きをめくりながらイサクにつぶやいた。
「なんで”ナナ”のことを調べようという時に日本の神なのかしらね?」
「さア。それももうすぐあっちで聞けるさ・・。」
 飛行機は予定通り夕暮れの空港を飛び立つ。一番好きな時刻。夕暮れの空港は様々な想いが自然ににじみでてくる。
 それもどこかはるかな気持ちをいざなうので、肯定的な安らぎを感じさせられる。
 
 長時間のフライトを終えると、空港までワシリーが迎えにきてくれていた。
 彼女は旧家に嫁いだわりには現代的、行動的で家事もほとんど自分でこなし、それも楽しそうに軽やかにやっていた。
 昔はお手伝いさんを置いていたそうだが、ワシリーが来てから老齢のお手伝いさんの引退にともなって新しい人は入れなかったそうだ。こうして客人の送迎までする。
 ごくごく”普通の”家庭を楽しんでいる。
『そうそう、エスターはお友達なんですか?』
『ええ。こっちに来て最初に出来た友人。彼女、さっぱりしてて気取りがないでしょ?』
『そうですね。まだあまり長くはしゃべっていないけど、なんだか好きです。気が合いそう。』
 空港からは車で3時間ほどかかった。
 屋敷に着いたのはちょうど遅いお昼の時間だった。
『用意してあるの。待ってて。スナイを呼んでくるわ。一緒にお昼にしましょう。』
『ナナ!』
『スナイ!』
 なんだかもうすっかり姉弟のような気分で抱き合った。イサクもうれしそうだった。
『来ない間もなんだか宿題出されちゃってココロが忙しかったわよ。』
『ふふふ。まずは食べようよ。どうぞ、テラスへ。』
 ワシリーの家庭的なランチを味わいながら、さっそく話題は夢の話になった。
『ヤマトタケルでしょ?僕もあの時初めて知りました。ナナは知ってるでしょ?』
『ええ。なんとなくは日本人なら知ってるけれど、もう一度その神話は読み返してみたわ。』
『どんな風に思った?』
『ただ強くてかっこいい英雄というんでなくてけっこう粗野で思い上がってもいるんだけれど、意外にナイーブでせつない話でもあるのよね。でもなぜヤマトタケルなのかしら。』
『日本の父とされるイザナギノミコトから今、ヤマトタケルを見なさいというメッセージだろうね。』
『どういうこと?』
『今の日本はそこから学ぶべきものが多いということじゃないかな?』
『思い上がるな、ということ?』
『それもそうだけど、それだけじゃなくて。神話のメタファーは8通りに読めと、僕らは代々教えられます。』
『8通り?ワーオ!』
『彼は日本のある面をよく象徴しているかもしれないね。おそらく今あちこちでヤマトタケルについての情報が湧いて来ていると思う。情報が出てくる場合は必ず意味があるからね。いろんな形で出るから、ひとによっては自分はヤマトタケルの生まれ変わりだとか言い出すかもしれないけれど、大事なのはそこからなにを読み取るかです。その出方だけにこだわらないですすむ道しるべにした方がいいです。動くためのヒントですから。でないと自分は特別だと思い込む道具で終わってしまう。そういう狭いメッセージではないんです。いずれその意味の輪郭はおぼろげに立ち現われてくるでしょう。』
『なるほど。』
『点と点は線になり、やがて面になり地図はおのずと浮かんでくるんです・・。』
『そうね。そうかもしれない・・。』 
 そこでイサクが割って入った。
『ところで、今回のスケジュールなんだけど、まるまる3日間しかとれなかったんだ。』
 スナイは口笛を吹いて
『さすが忙しい日本人だね。OK。僕が思ったのは僕の家に伝わる古文書を伝えることと、リーディングなんだけど、どう?』
『なるほど、そうすればまずは”こっち”の輪郭がつかめるかな?』
 そういってイサクは笑った。
Story | permalink | comments(0) | -