夕食は具沢山のシチューだった。
そしてズッキーニなどを使った山盛りのサラダに焼き立てのパンがこれも山ほど出て来た。
『おやおや、ナナ。まるで小さな女の子のようなつぶらな瞳をしているよ。』
レーネンがにこにこしながらこっちを見ていた。
『まいったな。からかうのはやめてください。』
照れ笑いしながらそう答えた。
『でも・・。このむねのあたたかさはなんなんでしょう?』
『そうなんだ。毒気を抜かれた気分だ。』
イサクがそう言ってみんながどっと笑った。
ひとしきり笑い合うとスナイがひとりごとのようにつぶやきだした。
『・・・僕はさっき”ナナ”の言葉を伝えながら宇宙を見ていた。不思議だね。ここにいながら宇宙にいるんだ。銀河が見えるんだ。伝える自分とそれを聞いている自分がいた。そして銀河を見ている自分と。こんなリーディングははじめてだった。』
わたしはさっき見たスナイの限りない瞳を想った。
わたしもどこかしらはるかな一歩を踏んだように感じていた。
この一歩に出会う前の自分と今とでは1光年の隔たりがあるようにも思える。
ならばどのようにこれを人に伝えていけばいいのか。武者震いが起きる。
イサクも少なからず同じことを考えていたようで
『だからこそこれからなんですね。』
と唐突に言ってまたみんなの笑いを誘った。
3日目。
3週間もたったような気分で目覚めた。
庭ではイサクとスナイとナンネクが合気道ごっこをしていた。
高校時代から合気道を習い始めたイサクはナンネクと組み、意気の合った流れる動きを見せていた。
ナンネクは鳥の羽根のようにしなやかに音もたてずに動いていた。
スナイがナンネクに向かっていくと、背の低いナンネクにあっと言う間に投げ飛ばされるのだった。
2階の窓から眺めていたわたしは、下に降りていって庭に出た。
『すごいですね、ナンネク先生。軽々と投げ飛ばしちゃうんですね。』
『かじっただけだ。』
そういって笑ってみせるが、イサクは言った。
『とんでもない。うちの師範よりスゴイかもしれない。ひとつになったかと思うと、あれよあれよという間に転がされる。気を合わすのがものすごく自然なんだ。』
スナイも言った。
『気がついたら転がってるから、何が起きたのかよく分からなかった。』
イサクが続ける。
『俺が先輩に投げられた時にこんなことがあった。気をひとつにして組んだあと、ある瞬間にぽかっと地面に吸い込まれるような感覚になって倒れたんだ。その時何が起きたのか先輩に聞いた。すると先輩は言った。「その瞬間に立ち上がって来た自分の自我(エゴ)をとっぱらったのさ。」たしかにまるで何かそこにあった実体のあるものが取り払われたような感覚だった。その時分かったんだ。合気道というのは意識の持ち方がとても大きく関係しているって。ナンネクのエゴのなさはまるで透明人間並みだよ。あ、これ褒め言葉です、俺のような青二才がいうのもなんですが・・。』
『イサクのいうその体験はとても面白い。まさに合気道の心を表現しているようだ。わたしが合気道に魅力を感じたのはまさにそこなのです。』
朝食に呼ばれた。
並々と注がれた白いミルクが食欲をそそった。
『山にのぼってみますか?今日は。』
スナイが思いついたように言った。
『ああ、いいわね。そうできますか?ナンネクは”ナナ”の山には登ったことは?』
『長老役をおおせつかってからは毎年祭りの日には登っている。』
『ナンネクもいっしょに行ってもらいましょう。今日は登るのにいい日のようだ。』
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