ナナン

ナナの声をきく者 ナナの目でみる者とは?新しい神話が紡がれる――    〜2006/10/5〜11/23*全50話〜

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熱田の宮

 いつの間にか名古屋に着いてしまった。
 乗り換えて熱田神宮の最寄りの駅に降り立つ。午後の光はやわらかく傾いてきていた。
 駅からはちょっと行くと大きな通りにぶつかる。もうそこに神宮の森があった。
 敷地沿いに入り口までしばらく行く。
 横からの参道の大きな鳥居のところに来た。
 ちょっとかしこまって礼をすると、少し意識して歩を進めた。
「うーん・・・。」
「ここも大きいところでしょう?」
 マリさんはうなずいていた。
 歩むにつれ右手の中指がパツパツにふくらんでくるような感覚がして痛い。
 二の鳥居をくぐりひろびろした参道を本殿へとわたしたちは口を開かずに進んでいった。
 大きな門構えの神御殿だ。
 祭神熱田大神。これは三種の神器のひとつである草薙の剣を御霊代としてよらせられる天照大御神のことだそうだ。そしてスサノオノミコトや日本武尊命、彼の熱田の妃である宮簀姫命(みやずひめのみこと)にその兄で日本武尊命の遠征につきあって亡くなったといわれる熱田の長、建稲種命(たけいなだねのみこと)も祀られている。
 わたしはこの2日間のあまりの体験にもうアップアップしていた。ぼうっとその大きさだけ感じ、感謝を伝えることでせいいっぱいだった。
 わたしはあまりにも日本を知らなかった。
 日本は”ナナ”がいうポイントの時期に活発になるという場所だというのに、何も知らなかった。
 数ある神社は風景の一部にしか感じていなかった。
 これだけのエネルギーに満ちた意味ある聖地であることを本当には分かっていなかった。
 日本が活発になってきているという意味、それを知りたい。
 もしかしたらヤマトタケルはそれを導いてくれるのだろうか?
 参拝を終えてマリさんにたずねた。
「どうでしたか?」
「うん。なんだかね。原始に帰れというようなことを感じたわね。」
「原始に・・。」
 
 名古屋駅の駅ビルの喫茶店でわたしたちは一服した。
「めいっぱいって顔してるわね。」
 マリさんがほほえましそうに言った。
「ええ。驚いた。神社がこんなところだなんて。圧倒されまくりですよ。」
「伊勢に行ったなら出雲も行くといいわよ。セットみたいな展開があるから。」
「セット?」
「アマテラスとスサノオは日本神話では切っても切れない姉弟っていう設定でしょ?伊勢にもスサノオを祀る神社はあるし、伝説もある。伊勢の家の玄関に飾られている変わったしめ縄のようなもの見なかった?」
「ああ、ちょっとゴージャスな。」
「あれは蘇民将来の伝承から来てて、スサノオの話なの。昔、貧しい蘇民将来と金持ちの巨旦(こたん)将来という兄弟がいて、ある時牛頭天王(ごずてんのう)であるところのスサノオノミコトが通りかかって一夜の宿を乞うたところ、弟の巨旦将来にはすげなく断られてしまったのね。困っていると貧しい蘇民将来が手厚く迎え入れてくれた。牛頭天王は大変感謝してそのお礼にと以降”蘇民将来子孫家門”と書いた札を門口に貼り出しておけば悪疫や災いから逃れられると教えたというの。その教えを守った蘇民将来の家は代々栄え、巨旦将来の家は滅びてしまった。いつからかこの地方では正月のしめ飾りに蘇民将来うんぬんの札をつけて一年中軒下に飾るようになりましたとさ・・ってね。」
「へえ。」
「出雲大社も素晴らしいし、伊勢が朝日のくになら、出雲には夕陽のアマテラスを祀る日御碕(ひのみさき)神社があるわ。そこにはスサノオも祀られている。それにヤマトタケルを追うなら出雲ははずせないわよね。機会があれば一緒に行けたらいいわね。」
「ぜひ!来月で都合のいい時を教えてください。」
「あははは。分かった。はなしがはやい。連絡するわ。」
 マリさんは本当に愉快そうに大笑いした。
 諏訪の方から帰るマリさんとは名古屋で別れた。
 新幹線の座席にうずまると、わたしは強烈な眠気に襲われてあっという間に前後不覚になっていった。

「ナナ、録音の整理はずいぶんすすんだよ。ほら。」
「あらほんとだ。スゴイ。ごめん、イサクにばかりやらせちゃって。」
「それはかまわないさ。面白いからね。伊勢はどうだった?」
「またすごい人に出会っちゃったわよ。今度出雲に一緒に行ってもらうんだけど、イサクも来れたら来ない?」
「いいね。出雲か。一度行ってみたかった。で、どういう人?」
「それがなんと、スナイのことを知ってるのよ!」
「えっ?」
 わたしは全部をはなした。
「ふーん。日本に帰ってからもなんだかつながってるんだな。それにしてもヤマトタケルも面白くなってきたじゃないか。」
「7月までに出雲や富士山に行きたいのよ。出来るだけつきあってよ。」
「OK。俺は翼ある蛇だから、まいりますよ。しょうがねえなア。」
 といいながらイサクもまんざらでもなさそうだった。
 進行中の仕事に”ナナ”の整理にヤマトタケルの情報集めにとそれからは時間は飛ぶように過ぎて、いくらあっても足りなかった。
 2週間もした頃、マリさんから連絡があった。
「ごめん、遅くなって。来月の第2週の土日なら行けるんだけど、どう?」
「一も二もなくオッケー!」
「フフ。じゃ、宿とっとくわね。また。」
 用件のみのあっさりした電話だった。マリさんらしかった。
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この記事に対するコメント

『伊勢(天照大神)に参らば淡路(伊弉諾)を駆けよ。淡路は伊勢の親じゃもの。』
多賀大社のバージョンも有りますが、本義は淡路と強く確信します。
古代、延喜式では伊弉諾神社は名神大社。全国一ノ宮の一覧でも淡路一ノ宮。(イザナギ大神唯一の意味の)『御神社』
多賀神社は小社。(無格)

伊勢神宮内宮と全く同一緯度上に鎮座する伊弉諾神宮(御神社/幽宮)。
伊弉諾大神は今も此方の本殿地下にお鎮まりです。
また、古代飛鳥宮(ヤマト)を中心に東西ほぼ同一距離に鎮座坐す。
伊勢の日の出の神格(天照)に対して日の入りの神格として『日の少宮』(ひのわかみや/あの世の意味も)
伊勢神宮内宮鎮座の位置の決め手と為った重要な神社の一つです。
淡路と伊勢で一対。
滝原宮の淡路側は先山(岩戸神社)。
千年の都、京都の裏鬼門守護。
ほかにも仕掛け?は数多有るようです。
機会御座いましたらぜひお巡り下さい。

出雲大社〜日御碕は伊弉諾神宮の夏至の日の入り方向。反対に出雲大社の冬至の日の出方向(〜紀伊の熊野)でも有ります。
出雲大社の南中(真南)方向は四国西部の『篠山』(しのやま=死国の死の山)

アハジ | 2010/01/07 3:10 PM
詳しくコメントありがとうございます!つい先日やっと伊弉諾神宮に行けたばかりで、興味深く拝見しました。いろんな仕掛け、というのはとても興味を引かれます。伊勢神宮内宮鎮座の位置の決め手と為った重要な神社の一つというのは初めてききました。こころにとめさせていただきます。
ben-chicchan | 2010/01/08 9:30 AM
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