ナナン

ナナの声をきく者 ナナの目でみる者とは?新しい神話が紡がれる――    〜2006/10/5〜11/23*全50話〜

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闇と光

 火はゆらゆらと足元を照らす。
 一歩、一歩、また一歩、地面を見つめて歩いていった。
 やがてだんだん自分が登っているのか下っているのか分からないような感覚になってきた。全身に比重がかかり、自分がひろがった分のしかかるものの大きさも格段に増えたような感じだ。
 どのくらい登ったのか、時間の感覚がなくなってきて気が遠くなりそうになってわたしはあえいだ。
 気がつくと前をゆくスナイの背中が見えない。
(スナイ!待って!)
 声をかけてはいけないのも忘れて叫びそうになった。
 けれども声も出なかった。総毛立った。
 周囲の闇はじわじわとわたしのからだに滲みこんでこようとしてくる。
 のどはしまって背骨は鉛のようだった。
 わたしは生まれて初めて底知れぬ恐怖を覚えた。漆黒の闇。
 それは単なる闇ではなかった。
 生きている闇。
 なんだこれは?
 まるで自分が4000Mの深海の底にいてその重圧を受けているかのように、その存在感を全身で受け止めていた。
 蟻地獄にとらえられて地の底深くに引きずり込まれるように急速に力が抜けてきた。
(だめだ!もう耐えられない!)
 意識が薄れて地面に倒れ込みそうになった時、わたしは後ろから抱きとめられた。
「ナナ!!」
 イサクの声だった。
 後ろにいたイサクがわたしを支えていた。
「だいじょうぶか!!ナナ!!」
 もう一度大声で叫んだ。
 その声に意識がうっすらもどってきて目の前にうつくしい白い手が伸びてくるのが見えた。その手は闇の中で白く輝いていて、わたしは迷わずその手をとった。
 するとその細さに似合わず力強く引き起こされた。
 スナイだった。
 彼は一言も口を開かなかったが、いたわる目をして自分の額の石をはずし、わたしの額にあててそれをしばりつけた。
 暗闇に一筋の光が差すようにふっと楽になった。
 スナイはそっと笑むとイサクの後ろのマリさんの方を見た。
 マリさんはわたしに声をかけた。
「ナナ!ナキアにもらった翡翠を持ってる?あったら左手ににぎりなさい!」
 わたしはうなずくとポケットから翡翠を取り出して左手ににぎった。
 すると自分の周囲の闇がさらに潮が引くように遠ざかっていくのを感じた。
 息を吹き返すとイサクを振り返った。
「ありがとう、助かった。」
 イサクがいなかったらもしかしたらわたしは帰ってこれなかったかもしれない。
 その時”ナナ”が言ったという言葉を思い出した。
[翼ある蛇が上昇を助け・・]
 もう一度振り返ってしみじみ目を見つめて言った。
「ありがとう。」
 イサクの顔にいままでにない神妙さが浮かんだ。
 彼も今、同時に同じことを想ったのだ。
「気をつけろ。」
「うん。」
 そこは細い道でせいぜい人がふたり並べるくらいだったので、皆うしろで気配を感じながら気づかってくれていた。
 やがて歩き出したわたしの後ろに再び粛々と列は続く。
 気がつけばまだ”展望台”にも辿り着いていなかった。登り始めてごく短時間でわたしはああなったらしい。
 
 ようやくその展望台まで来ると、わたしたちはその美しさに思わず目を見張った。
(なんて美しい!これはなによりの”ナナ”への捧げものだわ。)
 イサクもケンもマリさんも、同じ感動を味わっているのが伝わってきた。
 ケンの瞳はたいまつの炎を映してきらきら輝いていた。
 ホキパニの丘と思えるあたりに何百という炎が揺らめいている。闇の中でそれは力強く人のいのちのありかを伝えていた。
 やがてまるでわたしたちが展望台についたのが分かったようにそれはぐるぐると円をかいて回り始めた。炎のひとつひとつが回り、それが連なった輪も回っている。
 風にのり、遠く太鼓や土笛の音がする。
 スナイがマリさんを見て、マリさんはうなずいて語った。
『ひとのいのちはあのたいまつのようです。僕がひとのたましいに触れる時、ひとりひとりはあの炎のような光です。僕が意識をたましいのレベルに上げている時、ひとからは顔が消え、肉体が消え、あんな風な炎のゆらめきだけに見える。いろいろな色で灯る光のゆらめきなんです。』
 わたしたちはためいきとも感嘆ともつかぬ息を吐いた。
 そしてスナイは再び歩き始めた。
 スナイが額につけてくれた石と握りしめている翡翠のせいか、わたしはあれから全くさっきの怖れと無縁だった。いったいなんだったのだろう。まるでついさっきのことが遠い遠い過去のことのようだ。
 うしろから声がかかった。
「ナナ、自分の中心を見失わないのよ。あなたは今すべてに開いているのだから。あなたが即世界なのだから。自分の中心を自分が捧げたい未来にまっすぐつないで。」
 マリさんの声だった。
 もしかすると、さっきの巨大な闇は世界の闇だったのだろうか?
 わたしたちはそれと隣り合わせに知らぬ顔をして生きているのだろうか?
 そして時々魔が差してあの淵へと落ち込んでしまう者もいる。
(捧げたい未来?)
 わたしは想った。
 わたしはなにを望んでいるのだろう?
 いったいどうなることがわたしの望む未来なんだろう?
 バッティのあの言葉が蘇った。
(人間をあきらめるわけにはいかない。)
 たとえあの闇の深遠がこの世界に横たわっていようと、むしろ、だからこそあのたいまつはうつくしいのではないか?
 昼日中に灯してもそれではあの炎のうつくしさは分からない。
 あの空を思い出した。
(未来の空はうつくしくあかるかった。あれもたしかに存在する。それはあの闇とおなじくらいの真実だった。)
 わたしはたいまつをにぎる手に力を込めた。
(わたしが望んでいるのは回復であり、上昇なんじゃないか。さまざまなものが本来のそれに回復すること。なぜなら本来のそれは傷ひとつない輝きに満ちたものだから。それを信じなくさせているものがあの闇。それでも”ナナ”は言った。闇すらことわりのうえに存在していると。闇は上昇のための打ち上げ台・・。)
 思いつめて歩いていたら山道の木の根に足をとられた。
 イサクがまたとっさに手をとって支える。
「おい、」
「ごめん。ありがと。だいじょうぶ。」
 くすっと笑った。
 イサクは困った顔をしてちょっと笑った。
 少し気がかるくなった。
(そうなんだ。闇を手がかりにほんとうの輝きをその向こうにまっすぐ見つめることが即、あの未来につながるんだ。闇を育てたいのか、光を育てたいのか、ひとは一瞬一瞬選ぶことが出来る。)
 そう想ったとたんわたしは自分の真ん中に光の柱が通ったのを感じた。
 それははるかな天から地深くまで貫くようなまっすぐな柱だった。
 スナイが振り返ってまぶしそうな顔をした。
 ちょうどその時、わたしは”ナナ”の聖地に到着したことを知った。スナイの後ろに見覚えのある白い石が横たわっている。
 空間の四隅にかがり火が焚かれている。
 たいまつを置いておく穴が地面に掘られてあり、そこへたいまつを差した。
 スナイは黙ってわたしを前へ導くと岩盤にひざをついて深々と頭を垂れた。
 わたしも横で同じようにひざをついた。みんなも後ろで横並びになってひざまずく。
 スナイのうたが始まった。
 それと同時にあっという間に、天の星が一斉に全て落ちてくるかのような光の大洪水に一気に飲み込まれていった。
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