ナナン

ナナの声をきく者 ナナの目でみる者とは?新しい神話が紡がれる――    〜2006/10/5〜11/23*全50話〜

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富士

 翌朝、わたしはこめつぶ一粒一粒を、味噌汁の一口、お茶一杯をいとおしく自分にしみわたらせて自分の細胞を確かめるように朝食を終えると宿を出た。
 富士の全容が望める丘に向かった。
 何も持たず、やわらかな草におおわれた地面を踏みしめてそこに立つ。
 
 ああ、
 ここは、
 神界だ・・・。

 高原のりりしい風に吹かれて明らかなものの直中にいた。
 霊峰、という意味がそこに在る。
 成層圏まで抜けるような底なしの青空があった。天界の色をしていた。
 ここの空気は輝いている。
 微粒子のようなものの振動がとても細かく満ち満ちている。
 わたしは今ここにいるこの座標点をはっきり感じていた。
 前にも後ろにも天地四方にはてしない連なりを感じた。
 わたしがここにいるのはこの連なりが決めたことでそれ以上でも以下でもない。
 わたしはとてもミクロで同時に広大。
 なんの力もなくそして無限。
 大きくも小さくもなくきちんと量られた分量であり、それはとても正確なことわり。
 わたしがそれを誤解しなければ。
 
 こころの底から安堵の息を吐いた。
 “わたしが”するのではないのだ。
 わたしはこの世界を信じた。
 この聖地はこの霊山は、今目に映るこの世界を信じさせるだけでなくありとあらゆる世界のことわりをも信じさせる奥行きとひろがりを持っていた。
 闇でさえも。影でさえも。過去でさえも。未来でさえも。
 わたしは正確に定められた位置にこの舟の錨をおろせばよい。流されないよう。
 
(自分の中心を見失わないのよ。)
 マリさんの声がよみがえった。
 軸をしっかりと立てて。
 自分がこの惑星の核にしっかりと結びついて立っているのを感じながらわたしは呼んだ。
(青光剣。)
 剣は天空から降りてきた。
 しかしそれはわたしのスペースをはるかに超えていた。
 それは
 
 富士山の火口の幅を持っていた。
 
 その振動はこの空間の微細さよりもさらにきめこまやかでキンと張っていて高山の氷河の氷のように清浄だった。
 なのに剣というものが持つぞっとするような冷たさはないばかりか、初夏の風のようにその青い光はあたたかみを含んでさわやかだった。
 そのうつくしさにしばし見とれると、満ちてくるものに導かれるように、雪原に降る雪のような静けさでわたしはそれを富士に落とした。

・・・・・

「それで?」
 本道さんはきいた。
「それから日本各地の聖地をまわりました。そういう人は実は今は増えているんですよ。わたしも驚いたんですが。いくにんも出会いました。」
 わたしは出版社の一室にいた。
 わたしの横には黒い傘があった。
 あの雨の日、借りた傘だ。
 これを返す口実でわたしはここに来て、運よく本道さんに会えたのだ。
「ふーんん・・・。」
 本道さんは組んだ腕の一方をあごにあててイスの背もたれにもたれかかった。
「実体験ですか・・。」
「ええ。だけどそれにはこだわりません。”ナナ”の神話だけでもいいし、聖地巡礼の本でもいいし日本武尊のことでもいいんです。ただ知ってほしいだけなんです。ここがどういうところで今がどういう時か。」
「そういうような話はいろいろあってね。まア、はやりといいますか。」
「それも分かってます。わたしもその一部です。だけど網の目のような連絡網が有った方がいきわたりやすいでしょう?」
「ハハハハ。連絡網ですか。」
 ある部分身構えていた本道さんの目がとても柔らかくなってふっとからだがゆるんだのを感じた。
「わかりました。本当はそもそもの御縁がどうもわたしも印象的でね。守島さんのあの時の目はどうも忘れられないんだな。そんな目を今まで見たことがなかった。いったいそれがなんなのか実は知りたかったのです。これは商売うんぬんを超えたわたしの直感で勝負します。うちから出しましょう。あなたの本。」
「ほんとですか!ありがとうございます!」
「ふふふふ。もしかするとわたしも織田さんのように”翼ある蛇”じゃないんですか?」
「えっ?ああ、はははは。」
 わたしは笑いながら返した。
「今度スナイにきいてみます。」
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